塩津海道

2024年04月27日

昨日は、塩津海道の散策



先ずは深坂地蔵さんに会いに行きました。

まさしく、平安時代、紫式部が越前に行く時とか帰る時に歩いた道です。

歩いてはいないかな?
馬に乗ったか輿に乗ったかです。



草がはえてません。
地元の人が定期的に草刈りをされているのでしょうね。



荷物は馬で運んだらしくて、問屋で載せ替えたらしい。

石垣が積まれていて、地面が馬や荷物で崩れないようにされているのでしょうか!




川が下を流れていて、平清盛が敦賀から塩津まで運河を掘れと命令したらしい。
川が流れているんやったら、舟が行けるようにしたらええやろと考えたんかな〜



この道も土砂が流れないようにか、一定距離を置いて石が埋め込まれている。

歩きやすい道で気持ちがいい。

紫式部が歩いているところが、いずれ放映されるだろうけど、どこでロケされるんやろうか?

ここは、機材を運び込むのに労力を要しそうで、使われないやろうけど



深坂地蔵に到着です。



地蔵堂です。大きいですね。




大きなお地蔵様でした。

ここで、月2回お参りしているとの老夫婦にお会いした。

また、疋田からお参りに来られたお二人連れの高齢男性にもお会いした。

塩津に抜けるのだそうです。

深坂峠を超えて疋田の方に行くと、紫式部が詠んだ歌碑ともう一つ誰やったかの歌碑が建ててあるので、見に行ってもええんやけど、また戻って来ないといけないから

今日はここまで、です。


では、また!

  


Posted by よこッペ at 11:25Comments(0)歴史文化

小谷城 その1

2024年04月24日

レイカディア大学で小谷城の校外学習

ガイド館に10時集合

小雨の降る中、車5台に便乗して番所に向かいます。

山城は殆ど登山です。

ハイキングシューズか登山靴がいいですね。

それと杖?ストックやね!



番所
お城の入り口にある曲輪なので番所だろうと江戸時代の人が付けた名称だそうで、当時はなんと呼ばれていたか不明なんだそうです。

登って行くと虎御前山が見えるところに出ます。

木を伐採してあって、見えるようになったそうで、気が茂って見えなかったんだそうな。




虎御前山に織田軍が布陣したらしく、喉元に突きつけられたようなものだそうです。




お茶屋



お馬屋

こんな山城に馬が来れるわけがないのですけど、城には馬がつきものだったので、江戸時代の人が名付けたらしい。



馬の水飲み場とのことだが、
先生が言うには、人が住んでいた山城なので、貯水していたのであろうとのこと。



馬の調教場
桜馬場
江戸時代に名前をつけた人は馬から離れられないらしい。
建屋の跡が見られるとのこと。
1間が越前と同じ幅




大広間跡

お市の方や子供たちが暮らしていたであろう屋敷跡



京極氏が住んでいたと思われる。
守護地頭の京極氏を担いでいた。




順番がわからなくなってきたので、

また明日!

整理して載せます。  


Posted by よこッペ at 10:08Comments(0)歴史文化

八幡堀

2024年04月20日

長浜の城下町ができた450年前

近江八幡にも秀吉の甥っ子秀次が築城した八幡山城があります。

ローブウエーで登りました。

頂上でお弁当



ばら寿司
間に鯖のそぼろが敷かれてます。
丹後お寿司だそうです。

頂上にお寺があって、中を見てまわりました。

京都のお寺を移設したんだそうです。



お庭に石楠花が満開で綺麗でした。

山を降りると
お城のお堀が残っていて、八幡堀というらしいです。

お舟で回れる。



お堀を残したのはすごいです。

駅と離れていたのが良かったのかな〜


近江八幡は駅のあたりは行きますが、ここまではなかなか行けません。

ラコリーナには行ったことがありますが、その近くなんですけど・・


では、また!

  


Posted by よこッペ at 10:24Comments(0)歴史文化

国宝十一面観音さまに会いました

2024年04月12日

高月の渡岸寺に国宝十一面観音がおられます。

久しぶりに会いました。

50年振り!

その後、己高閣に

ここにも観音さんが

少し太った観音さんでした。

他にも仏像が沢山安置されていて、ビックリしました。




木之本のお地蔵さんに行って、戒壇巡り

真っ暗



帰りに第一旭ラーメンを食べた。



では、また!

  


Posted by よこッペ at 18:16Comments(0)歴史文化

ゴールドポスト

2024年02月24日

彦根駅のロータリーに金色のポストがあります。

何で金色かと?

大橋悠依選手の東京オリンピックの金メダル

大橋悠依選手は彦根出身なのです。



高校の受験倍率が発表されました。

草津東高校が1番だったらしいです。

大橋悠依選手が卒業した高校だからなのでしょうか?

オリンピックの金メダルはやっぱり凄いです。

ではまた!

桐生君も頑張って欲しいです。

昨日、アップしたはずなのに、なぜかアップされていなかった。何でやろ?  


Posted by よこッペ at 00:13Comments(0)歴史文化

小谷城から長浜城に

2024年02月10日

浅井図書館で中井先生の講演があったので行ってきた。

駐車場がなかったん違うか?

と思って少し早く行った。

ラーメン世界でお昼ご飯を食べて

今月はふっくら餃子



ラーメンにはニンニクを入れて、一味唐辛子、ラー油を入れる。

麺は柔らかめ、味は薄め、ネギ多め



350円が100円

この餃子を350円では・・
少し高いよね〜



この講座
申し込んだ時は一杯でキャンセル待ちだったのですけど、

この前の雪で、キャンセルが出たのでしょうか、参加くださいとのメールがきて

行ってみたら、結構な空席!

開催場所が浅井図書館とは思わんかったのかね?

でも、開催時間の30分以上前から受付に行列ができていたのに。

講演内容は大変興味深く、城郭研究の第一人者と思った。

滋賀県立大学の名誉教授だそうで、元長浜城歴史博物館の館長

中学の時から読み漁ってきた城郭の本を中井文庫として長浜市に寄贈したとのこと。

子供の頃から好きやったんやな〜

好きこそものの上手なれ

ではまた!


  


Posted by よこッペ at 17:35Comments(0)歴史文化

課題図書

2024年02月02日

1月30日の講義で、宿題が出されて・・

近江の文学風土という講義なので、滋賀県にちなんだ小説や俳句や和歌、紀行文とか

白洲正子先生のかくれ里とかを題材に講義をされていた。

かくれ里という本も出されている。

水上勉先生が、湖の琴とか湖北の女とかの小説を書いていて、若狭地方の人らしいから、隣の湖北も題材にされてる。

宿題というのは、近江に因んだなんかを読んで、それを3分で紹介するようにという

取り敢えず、図書館に行って、探してこないといかん。

それがなかなかないのよ(T . T)

湖笛

京極高次の話なんだけど、借りてしまった。

読んだことがあるかどうかさえ覚えていない。

水上勉先生の湖の琴はよく覚えている。
渡岸寺の国宝十一面観音さんと描写が素晴らしく、どんな観音さんやろと見に行った記憶がある。

高校の時ですけど

湖笛も水上勉先生の小説。



上下巻に分かれていて、上巻がなかつたので、予約してしまった。

発表の日は3月5日
読めるやろうか?

1ヶ月もあれば読めるやろうと思うのやけど・・

最近本を読んでいないので、どれくらいで読めるか見当もつかない。

仕方がないよね〜

頑張るしか


ではまた!
  


Posted by よこッペ at 16:19Comments(1)歴史文化

長篠城とダイハツ

2023年12月21日

ダイハツが・・なんか不正行為?
よくわかりませんが、
ダイハツは滋賀県に工場があります。

本社工場は大阪の池田ですけど・・

確か・・九州にも
大分の中津だったかな〜

と思いながら記者会見を見ていたら・・

社長さんは奥平さんなんや〜

え〜!?

奥平と言うたら、長篠城主
長篠の戦いで、武田軍に包囲されて落城寸前で強右衛門が援軍を求めて徳川の岡崎城に・

織田、徳川軍が援軍を派遣することになり、
援軍が来ることを伝えに、強右衛門が長篠城に戻ろうとしたら武田軍に捕らえられ、磔にされて、援軍が来ない!と言うたら命を助けてあげよう。武田軍に援軍が来ないと言わせて、奥平城主に投降させようとしたのだが、2〜3日後には援軍が来る。と言うたがために殺されてしまう。



長篠城は持ち堪えて、織田徳川軍がやってきて、長篠城を包囲していた武田軍の砦を徳川軍が奇襲攻撃。
設楽が原に織田軍は木曽から丸太棒を運んできて、馬防柵を設けて武田軍に対峙。
設楽が原で織田徳川連合軍と武田軍が合戦をして、武田軍が惨敗した戦いである。

どうする家康でやっていた。

その長篠城主の奥平氏とダイハツの社長が同じ苗字ではないか!

奥平氏は、その後、徳川家康の愛娘亀姫が嫁いでいて、関ヶ原の戦いなどを経て、

大分の中津城の城主になったと聞いている。

偶然かもしれないんやけど、ここからは妄想なんやけど、

ダイハツが中津に工場を建てたのが確か、私が公団に出向していた頃なので、2002年頃か?

中津城城主の奥平家、その子孫の奥平氏は、中津に工場を設置するのでダイハツに入社した。2000年頃か

大学院を卒業して入社したのかな

優秀だった奥平氏はダイハツの社長になった。

24歳で入社して、23年47歳で社長になった。

やっぱし、無理があるかな〜

妄想だけで、投稿してます。

この妄想を裏付ける社長の年齢、出身地などを調べてはおりません。

でも、そんな妄想を抱いてしまうような
ダイハツ社長の奥平姓にビックリしたのでした。

ではまた!

  


Posted by よこッペ at 00:00Comments(0)歴史文化